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ポラリス。揺るぎない不動の座。はるか北の地で生まれた少年に、その名は与えられた。彼は、森の中に住み猟師を生業とする貧しい家に生まれた。遠い系譜を辿れば、彼の一族は権力者として国を支配したこともある。しかし、国を追われて何世代も経た今では、それも霞と消えてしまった。ポラリスの母は、産褥熱のために命を落とした。

ポラリスは父に習って、獣たちを撃つすべを学んだ。仕留めた獲物はナイフを使って皮を剥ぎ、骨を外し、肉を切り分ける。寡黙な父はいつも仕事にポラリスを連れていき、狩りの手法を教えた。獣たちの鳴き声や習性、足跡の追い方、縄張りやフンの見分け方、急所について。ポラリスの眼前で、獣たちの命が明滅していく。ついさっきまで、生き生きと躍動していた獣が、撃たれ、もがき、虚な目で死んでいく。それは彼にある種の諦観を植え付けた。人もまた獣であり、いつかそのような死を迎えるのだろう。彼は、漠然とそう考えていた。

時にはいくらかの人が訪れ、そして去っていく。行商人と、ありものを交換する。それは、あまりにささやかなものだ。鹿の毛皮や角を手放して、陶器のカップを手に入れたり、使えない猟犬をそばに置いたりするだけだ。作物の育たないこの地域では、総生産は非常に低い。まともな医療もない。だから、彼が大人になるだけの時間が流れても、ほとんど集落の人口は変わらなかった。

父は母の命日が近づくたびに、端材を使って鳥の置物を作った。手のひらに収まるほどの小ぶりのものだ。生前の母は、その鳥が好きだったのだという。年が過ぎるたび、窓際に並ぶ鳥たちが増えていくのだった。ポラリスもそれを真似て、毎年一つ、不恰好な鳥を作るようになっていた。

ポラリスが一人で狩りに出ることを認められた頃、凶暴な鬼が集団で村を襲っているという噂が流れ始めた。それは、人の形を成してはいるものの肌は青く、意思疎通は不可能であり、破壊のかぎりを尽くすのだという。すでに、魔物に滅ぼされた集落が無数にあるらしい。村の男たちは協力して集落の要塞化を試みることになった。

しかし悲劇は訪れた。ポラリスたちがどれだけ集落を堅固にしたところで、鬼たちはそれを意に介さなかった。彼らの武器は粗末な棍棒であったが、肥大した筋肉から振るわれるそれは、明らかに人類のいかなる武器よりも強力であった。どんな罠も、ものともせず根こそぎ破壊し、土塁を吹き飛ばした。抵抗したものは、次の瞬間に首のない死体となって転がっている。父は果敢に立ち向かい、銃を使って数匹の鬼を仕留めたが、それまでだった。怒りを買った父は骨も残らないほど粉砕されてしまった。残された血溜まりに、ポラリスは震え上がり、立ち上がることもできなくなった。

備えを突破された集落は、あまりにも脆かった。屍が山を成し、残されたものたちは捕らえられた。獣たちの命を容易く奪ってきた自分達が、鬼に蹂躙されるのは自然の摂理なのだろう。ポラリスは死を覚悟した。

しかし、ポラリスを待っていたのは死ではなく過酷な肉体労働だった。鬼たちは王によって統率されており、言語を持ち、文明を築いていた。王は自らの都を作るための労働力を求めていた。ポラリスは四六時中の間、土木作業を強制された。鬼たちの圧倒的暴力を目の当たりにして以来、彼は抵抗するのをやめていた。ただ従順に使い潰されていった。

やがて、母の命日が近づいてきた。彼は記憶の片隅から、鳥の置物のことを思い出した。ポラリスはわずかな休憩時間を縫って、寝る間を惜しんで工作に没頭した。やり場のない感情をぶつけていたのかもしれない。月が満ち、欠けて消え、また満ちる頃、ようやくそれは完成した。これまでに彼が作ったどの置物よりも研ぎ澄まされていた。石で削り、砂で磨いた面は滑らかで、触ると温かみが感じられるような気がした。彼は満足気に頷くと、ばたりと意識を失った。

鬼の子供たちが騒いでいる。倒れたポラリスを見物にやって来たのだ。度重なる重労働と睡眠不足、栄養不足によって、ポラリスは虫の息だった。大人の鬼がやってくる。彼はポラリスをつまみあげ、骨塚に捨て去った。しかし、すぐさま女の鬼が歩み寄ってきた。他の鬼と一線を画した金の刺繍から王族のそれとわかる。彼女はポラリスを軽々と持ち上げ、子供を抱くように、小脇に抱えて連れ去っていった。空いた方の手にはポラリスの鳥を優しく握っている。